
※具体的な金融商品の判断については、必ずご自身の状況に合わせて慎重にご判断ください。
「やめたほうがいいのかもしれない」と頭では分かっているのに、
損が膨らんでいくチャートを前に、どうしても手放せなかった時期がありました。
「ここでやめたら損が確定する」
「やめた直後に上がったらどうしよう」
そんな思いがぐるぐる回り、現実を見るのが怖くなっていきました。
気づけば、仕事に集中できず、イライラを身近な人にぶつけてしまうことも増え、
お金だけでなく、心の余裕まで削れていくように感じていました。
それでもある時、私は“手放す”という選択をしました。
損を受け入れた瞬間、胸の奥の重さが少しだけ軽くなったのを覚えています。
悔しさは残りましたが、「ここからもう一度考え直せるかもしれない」という感覚もありました。
その経験を通して、私にとっての「やめる」は終わりではなく、
次に進むための“区切り”のようなものだと感じるようになりました。
なぜ“やめる”ことに躊躇していたのか
損を抱えている時ほど、「やめる」という判断は難しく感じられるものかもしれません。
私の場合、その背景にはいくつかの“怖さ”がありました。
1. 損を確定させることへの怖さ
「ここで売ったら、本当に損が決まってしまう」と思うと、躊躇してしまいました。
損を受け入れることが、自分の選択ミスや甘さを認めることから逃げているように感じられたからだと思います。
2. やめたあとに上がるかもしれないという「もしも」
「手放したあとに上がったらどうしよう」
起きていない未来を心配するほど、動けなくなっていきました。
後悔を恐れる気持ちが、判断を先延ばしにしていたのだと思います。
3. 現実より“都合のいい未来”を見てしまう
「いつか戻るはず」「そのうち持ち直すかもしれない」
そう願うことで、気持ちを守ろうとしていました。
冷静な数字より、“こうであってほしい未来”を優先していたのだと思います。
4. 失敗を認めるのがつらかった
損失を出した自分を認めるのは、なかなか受け入れがたいことでした。
だからこそ、やめずに持ち続けることで「まだ終わっていない」と思っていたい気持ちもあったのかもしれません。
やめられなかった時期に起きていた、心と生活の変化
やめられなかった時期、私の心と生活は少しずつバランスを崩していきました。
今振り返ると、“やめなかったこと”による影響は、数字以上に大きかったと感じています。
1. 積み上げたお金が減っていく現実とのギャップ
まじめに働いて貯めたお金が、画面の中であっという間に減っていく。
その現実を前に、仕事中もチャートのことが頭から離れず、目の前のことに集中できない時間が増えました。
自分の判断に落ち込み、自分を責める気持ちも強かったように思います。
2. 感情が揺れやすくなり、人間関係にも影響が出ていた
不安や焦りが大きいとき、イライラの矛先が身近な人に向かってしまうことがありました。
本当は相手に何の責任もないのに、素直になれなかったり、強い言葉を投げてしまったり。
「自分でも持て余す感情」と付き合うのは、想像以上に消耗するものだと感じました。
3. 生活の幅が狭まり、心も窮屈になっていった
不安が大きくなるにつれて、人と会う時間や自分の楽しみが減り、生活がだんだん小さくなっていきました。
生活の余白が小さくなるほど、心も一緒に疲れていったように感じます。
今思えば、損を抱えていたのは“口座”だけでなく、“心のほう”でもあったのかもしれません。
「やめたあと」に気づいた、静かな変化
手放す決断をしたとき、もちろん痛みはありました。
「本当にこれで良かったのか」と何度も考えましたが、同時に、心の中に少しだけ余白が生まれた感覚もありました。
1. 強い感情のピークが過ぎると、落ち着きが戻ってきた
損を確定させた直後は落ち込みましたが、時間が経つにつれて、感情の波は少しずつ静かになっていきました。
やがて「あの時の自分には、あれが精一杯だった」と思えるようになりました。
2. 振り返る余裕が生まれ、「学び」に変わっていった
手放してみて初めて、冷静に過去を振り返る余裕が生まれました。
感情でいっぱいだった頃には見えなかったことも、少しずつ言葉にできるようになりました。
そこから、基礎を学び直したり、自分のペースを考え直したりと、“もう一度向き合うための準備”がゆっくり始まっていきました。
3. 数字に追われない時間の中で、日常の感覚が戻ってきた
手放したあとは、「常に数字を気にしている状態」から少し離れることができました。
散歩をしたり、食事を味わったり、誰かとの会話に集中できたり。
そうした当たり前の時間が、思った以上に心を落ち着かせてくれました。
簡単ではありませんでしたが、
「手放したからこそ見えてきた静かな回復」があったのもまた事実です。
「やめる勇気」とは、自分を見つめ直す時間だった
手放したあとの自分を振り返ると、「やめる」という行為は、負けや逃げだけを意味するものではないと感じています。
むしろ、自分の状態を見つめ直し、これからどう向き合っていきたいかを考えるための“間(ま)”のようなものだったのかもしれません。
一度区切りをつけたことで、別の選択肢や、自分に合う距離感を考える視点が少しずつ戻ってきました。
完璧な選択はできなくても、「あのときの自分も精一杯だった」と受け止められると、心の負担が少し軽くなりました。
まとめ|損を受け入れた経験から見えたもの
損を受け入れることは、私にとって簡単なことではありませんでした。
そのため、私も長いあいだ「やめたら終わりだ」と感じ、なかなか手放せずにいました。
けれど、区切りをつけてみて分かったのは、
「やめるか・やめないか」だけでなく、そこから何を感じ、どう受け止めていくかで、その後の心持ちが変わっていくということでした。
執着をゆるめたことで、少し視野が広がり、日常の小さな出来事にも目を向けられるようになりました。
この文章は、「やめるべきだ」と伝えたいわけではありません。
ただ、かつての私のように、何かに強くしがみつき過ぎてどこか疲れている人もいるでしょう。
そこで、気持ちを整理する際の一つの「例」として、軽い気持ちでどこかに置いてもらえたらと。
この体験が、今日から気持ちを少しでも楽にするきっかけになれば十分です。
🌿手放したあとは、次をどう考えればいいのか迷いやすいものです。
そんなときに役立つ、気持ちの整え方をまとめた記事を置いておきます。
📄 免責的注記
※本記事は筆者の体験に基づく一般的な内容です。
特定の投資行動や人生の選択を推奨するものではなく、あくまで「感じ方・考え方の一例」としてご参考ください。

